読書:浪費するアメリカ人

主題:なぜこのような消費する人間になってしまったのかを考え、アメリカ人の消費に対する態度を変える必要を説く

浪費するアメリカ人――なぜ要らないものまで欲しがるか (岩波現代文庫)

なぜアメリカ人はこれほどのまでに消費主義に染まってしまったのか、そしてこの病気の良薬となるであろう「低消費主義」とはなにか。現代社会が、階層化される消費パターンというブルデューの命題を地で行くさまを、本書前半で示される。消費に伴うアイデンティティの生成は、消費者を襲う悲劇の立役者である。上記分析を踏まえ、「ダウンシフター」の例を引きながら著者は新しいライフスタイルを提示する。「アメリカ」と銘打っているが、日本人にも大いにあてはまる内容であり、訳文も読みやすく調整されているようなので、一般読者にもおすすめ。 hiro

小規模の、イデオロギーで結びついたgroupであるヒッピーやクェーカー教徒と違い、ダウンシフターは自分のライフスタイルを自分の価値観と一致させている。43p

 個人の嗜好は、ある程度は階級の不平等によって再生産されるのである。ブルデュー「場の力学」52

消費パターンと趣味は、階層、教育、職業などの社会経済的カテゴリーによって階層化されている、というブルデューの命題

じゅんきょ-しゅうだん ―シフ― [4] 【準拠集団】

個人が自分や他人を評価したり,自らの態度形成をする場合にその基準となる集団。関係集団。

[三省堂 スーパー大辞林]

さらに今日,文化は社会的不平等を説明する文化資本 capital culturel の理論において問題とされている。フランスの社会学者ブルディユ PierreBourdieu は社会的不平等を経済的なそれからではなく,文化資本の配分の不平等から説明している。すなわち,文化資本とは大学を含めた学校教育体系を通じ教育・形成された人々により獲得される理論的・技術的な知識のことである。この知識は中産階級の家庭の有する教養と近いものであることからこの階級の人々には有利であり,学校教育体系は普遍的な知識をあたえるという外観のもとで階級的な選別を行っている,と。文化資本は個人に身体化されたり,卒業資格として制度化された状態で存在する。いずれにせよ経済的資本は,現代の社会のさまざまな回路を通じて文化資本に変形していくし,また文化資本は社会的地位と経済的利益をもたらし,そのようにして社会構造の再生産は保障されるのである。近年においては,文化を規範や教養の普遍的存在様式と考えるよりも,その普遍的外見ゆえに社会的不平等を再生産するものとみる研究者が増えている。

ハビトゥス [1] _(ラテン) habitus_

〔習慣・態度の意〕

人々の日常経験において蓄積されていくが,個人にそれと自覚されない知覚・思考・行為を生み出す性向。プルデューによって用いられた。

[三省堂 スーパー大辞林]

商品の作用と商品の構造は、商品二付与されたコードの社会的意味を深部で支えている土台であり、階級的不平等がコードの基礎をなしている。64

第三章 視覚的なライフスタイル

私たちの消費に関する情報は伝達しなければならない。ある種の目に見えないものが新しいステータスシンボルになっているので、じょうほうをつたえることはますますじゅうようになってきている。80

私たちは次の二つの命題をテストした。第一は、社会的に目立つ商品は、定価に比べて品質が低いということ。第二に、人々は口紅のように目立つ商品を買うときは、品質が高くても目立たない商品を買う場合よりも遙かに多く、上位のブランドを買うということである。この二つの命題のどちらもデータによって強く支持された。P90

人々が商品に対して感じるようになった強い結びつきによって、ラッセル・ベルクの言葉でいえば、私たちの所有物は私たちの『拡張された』自己となった99

実際にはアイデンティティと消費の関係は双方向である。私たちが誰であるかが私たちの買うものに影響を及ぼすだけではない。私たちの買うモノもまた私たちが何になるかに影響を及ぼす。100

「新しい差異化」の皮肉は、それもまたあるふれたものになってしまったことである。多くの人が本当の自分であろうとしてこのような趣味を経験するうちに、実際はほかの人と同じ群れの中にいる。

ふつうアイデンティティとステータスを消費に駆り立てている別々の動機として区分されるが、この二つはそれぞれ独立した過程として考えるべきではない。自己は公的でもないし、私的でもない。常に両方である。個人のアイデンティティは社会に先立って存在するのでなく、その中で存在するようになるのである。104

私が言いたいのは、第一に、多数のブランド品や広告を多用する商品については、ラベルを取ってしまえば消費者が識別しうる品質の格差はない。第二に、品質のばらつきよりも価格のばらつきのほうが大きいのがふつうであり、その差の一部はステータス表現のプレミアムである。111

準拠集団に対する自分のランクを落としていく二つれて、年間貯蓄額は減少していく。「隣の億万長者」がなぜ大半のアメリカ人とは対照的に貯蓄できるのか理解できる。彼らは決して自分の準拠集団を変えようとはしない。~友達を変えたりしない。隣の億万長者は正式な教育を受けていない場合が多い。

どうやら教育の程度がたかいほど、ステータス志向が強く、自己顕示や地位のための消費行動に走りやすく、上位の準拠集団について行こうと熱中するようだ。134

無料の娯楽であるはずのテレビが、視聴者の消費を喚起するとすれば、影響力はお金を節約させる傾向よりを上回るほど協力であるはずだ。

テレビが一つの原因となって、低所得者のみならず多くの人々の消費水準を高めて、さらには上昇させるのにも一役買っている。141

羨望や比較を取り巻くタブーによって私たちが潜在意識では「ステータス」を求めているとき、なぜ機能のことをも考えるのか理解できる。高級な純金イヤリングを買えば毎日つけられるし、安物をいくつも買う手間が省けると考えたりする。リフォームしたキッチンがあれば外食も減って家で食事をしたくなるだろう。これらの理由付けは正しいかもしれないが、実際に私たちの感情を駆り立てているのは、新型車や高級イヤリングに対する羨望である166

問題は、単に消費の拡大が満足度を高めないということではなく、いつも費用が掛かるということである。金を稼ぐために余分に働かざるを得ないということは、自分の時間や家族と過ごすための時間を切り詰めることである。190

ただ消費を減らすだけではうまくいかない。心理的な快適さを維持するためには、私たちの大多数は現在の消費地図の狭さを超越しなければならない。「ブルデューを越えて」進まなければならない。その第一段階は、私たちの個人的価値観、すべての階級的な消費地図との基本的な結びつきから消費を解き放つことである。第二段階は、低コストのライフスタイルを社会的に受容することができる準拠集団を見つけだすことである。p241

「私は、そうしたことを、もう少し多く働くならば可能になるだろうと考えるよりも、もっと少ない金で得られる、と思うようになっています。おいしいものは、いつもレストランに出かけなくてもよい。むしろその気になって作り方を見つけようとするかどうかにかかっています。冬のまっただなかに新鮮なバジルのはがほしければ、それを自分で加工し冷凍保存すればよいのです。P247

浪費するアメリカ人――なぜ要らないものまで欲しがるか (岩波現代文庫)


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