翻訳:トマス・クーン 『科学革命の構造』ガーディアン紙「ベスト・ノンフィクション100」

 

https://www.theguardian.com/books/2016/jun/20/100-best-nonfiction-books-all-time-thomas-s-kuhn-structure-of-scientific-revolutions-paradigm-shift

(以下訳文)

トマス・クーンは科学革命という概念を考案したわけではないが、そこに特別な意味合いを持たせた「パラダイムシフト」というフレーズを作り出し、この上ない賛辞を受けるほど評判が良かった。ニューヨーカー紙に風刺漫画が4作(1974年から2009年まで)も載ったほどだ。

最初の漫画の内容はこうだ。マンハッタンのカクテルパーティにて、ベルボトムを履いた若い女性が禿げかかった人物をこういう風に褒める。「すごいですね、ガーストンさん!あなたはパラダイムという言葉を現実世界で使った初めての人ですよ」

科学の理解や、科学史の合理的な解釈として支配的な考えに驚くべき影響を与えた点で、『科学革命の構造』はこうした一連の評価に値する。(この本の散文は時にわかりにくいことはあるが)

アメリカの物理学者であり科学哲学者でもあるクーンは、この絶大な影響力を誇るこの本によって彼自身の「パラダイムシフト」を引き起こしたと言えるかもしれない。科学がいかに強力であっても欠陥は残るもので、科学者たちはその謎を解明するのである。

クーンによる科学とその発展の説明は、伝統的なものとはかなり異なる。通念化された説明では、科学史とは安定的で蓄積される「進歩」のイメージで描かれた。だが、クーンはそこに「断絶」を認めた。科学史を、平穏な時期と、科学学会が危機と不確実性に苛まれる革命期に分けられるのである。このような革命期を、クーンは、その時代の学会が追うべき次世代の基礎基盤を築く概念的なブレイクスルーに対応するとしている。

 

『科学革命の構造』はまさに20世紀の本だ。この本の構想が芽生えはじめたのは1940年代の終わり頃のことである。この時期の彼は、理論物理学を学んで卒業したばかりの学生でしかなかった。しばしば指摘されるように、科学哲学を再形成した本は、学部生向けのコースで「非理系のための物理科学」を教えたことから、科学史に触れた物理学者によって書かれた。科学史と向き合うことで、彼の学問に対する基本的な考えが大いに揺るがされたのである。そのため『科学革命の構造』は、深い意味合いで、時代に根ざした若者の本である

本書の取り扱う当時の科学界は、冷戦期のその時代、ポスト・アインシュタイン物理学が優勢であった。クーンが初めてその考えを世に出した1962年は、キューバ危機の年でもあった。そして本が書かれていた時期、物理学は明らかに科学界の中のボス(the alpha male)であったが、同時に変化も起きつつあった。1968年の『二重らせん』が発表されると、1950年代を過ぎDNAの分子生物学が科学界を席巻したのを私たちは目の当たりにした。それからというもの、バイオテクノロジー、それに遺伝学・神経学と結合したコンピューターサイエンスは、科学研究の最先端分野となっている。

それにもかかわらず、こうした転変する困難を乗り越え、クーンの主張は新鮮でありつづけている。カントにいくらか負いながら、コペルニクス的転回に関する自身の研究に基づく彼の偉大な洞察は、カール・ポパーに挑戦するものであった。科学における弁証法的変革の説明は、いまなお情報科学やバイオテクノロジーが優勢の学問領域において、妥当性を失っていない。科学的革命によって持続性が一時断絶するという科学の発展モデルを唱えるクーンの主張は、一部では議論を呼び続けているが、多くのグループには広く受け入れられている。

 

彼自身はこのように書いている。「競合する理論間での選択や、日常的な変則性(ordinary anomaly)と危機を誘発する変則性の区別、といった問題に関して、科学者たちが共有するものは不変の賛辞を受けるに値しないと私は主張するが、そのせいか、時に主観性だけでなく不合理さえ私が美化していると非難されているのだ」

彼は長年続く直線的な科学の進歩の見方へ、異議を唱えたのである。段階的な手続きを踏んだ実験からふと変革的なアイディアが飛び出すわけではなく、従来の知識を覆し予期せぬブレイクスルーをもたらすeurekaな瞬間からそうしたアイディアが生じるのだ、というその主張自体、ある意味では革命である。概念をひっくり返すことが、さらなるパラダイムのしるしだとすれば、半世紀が過ぎた現在、『科学革命の構造』はその点で大成功だったと言える。

『科学革命の構造』は科学史だけでなく、経済学、社会学、哲学、歴史学といった関連分野において多大な影響力を誇る。出版以来、140万冊以上の売り上げを記録している本書は、翻訳され、20世紀後期の芸術文化領域で最も引用された本として常にリストされている。今となっては、知識人向けの論評、低俗なマーケティング、さらに心理分析といった場面で、「パラダイムシフト」は社会や政治の変動を表現する手垢のついた言葉となっているではないか。

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