読書:木村元『学校の戦後史』

産業社会からの要請を受けながら、時代の教育像を更新していく公教育の年代記。カリキュラムの改訂が裏のテーマであり、ゆとり教育の発生も因果関係をなぞりながら確認することができる。そして公教育の相対化(登校規範のゆらぎなど)や2010年度の新試験に言及しつつ、今後の課題を視野に入れている。

(以下読書メモ)

※戦前部分の第一章は省略

第二章 新学制の出発―戦後から高度成長前

一 戦後の学校の枠組み(p57)

戦後教育改革は「国家のための教育」から「権利としての教育」

教育基本法の施行 戦前の複線型の反省から六-三-三制の単線型学校体系を導入

「男女平等」「教育機会均等」という理念の体系

六-三-三制は一方的な押しつけの制度という認識は誤り(p59)

すでに1920年代には議論の対象となっている(阿部重孝の『教育改革論』など)

学校教育法が小中高大・盲学校・聾学校・養護学校及び幼稚園を「一条校」と一元的に規定(p64)

1940年代ではアメリカを除きフルタイムの義務教育は世界的に存在していなかった。新制中学校の発足は世界的な「実験」でもあった

全日制課程3年の新制高校 戦後の高校は「総合制」「小学区制」「男女共学」の原則が目指される基準として意識されていく(p66)

1947年 日本教職員組合創設 55年体制や冷戦構造の日本的構造を背景とした文部省vs.日教組の構図が確立(p74)

二 教育行政とカリキュラム(p76)

地域分権・民主化・一般行政からの国家の分離を原則とする教育行政改革

教育委員会の公選制を通じた地域住民意思反映システム →1956年任命制に移行 文部省を頂点としたタテの行政系列を強固に、中央統制と規格化が進められる

1947年アメリカを参考に学習指導要領試案が提示される 「教師自身が自分で研究していく手引き」→各地で自主的な課程編成が可能(p78)

1958年以降10年ごとに改訂 カリキュラムは現場の裁量を制約されるかたちで編成されるようになっていく

三 戦後初期の学校の動勢(p83)

教育実践についての決定権限はほぼそれぞれの地域と学校の手にゆだねられる「自由」な戦後の新学制 →カリキュラムの自主編成が広範な学校で試みられる(「明石プラン」、「北条プラン」や「吉城プラン」など)

地域の実態に沿った教育計画を策定過程にカリキュラム改造を位置づける動き(p84) 「社会機能法」を用いた地域社会学校(コミュニティ・スクール)の創造

新学制において職業教育の重要な位置づけ 「農業・商業・工業・水産業・家庭」の5科目と「職業指導」からなる中学の「職業科」(p88)

第三章 学校化社会の成立と展開―経済成長下の学校

一 高度成長と学校(p93)

1950年代後半産業・経済界からの教育に対する要求 「国民所得倍増計画」では「経済政策の一環として人的能力の向上」が謳われる 「教育投資論」と能力主義に基づく社会と学校制度の再編要求

日本では能力や業績を社会的価値とする原理ではなく、競争的秩序のもとでの学力による秩序化の意味で用いられてきた

日本的雇用慣行の普及 職能給の定着 →職務遂行の基礎となる一般的な能力や忍耐力などの「訓練可能性」が人員の採用に際して評価された(p94)

=学校で習得される知識の内容よりも競争への適応的な態度 学力偏差値に代表される一元的尺度と入試競争で示される能力(=「日本型高学力」)

1950年代後半の教育内容基準の設定・教育内容標準化(p95)

1958年小中学習指導要領改訂 文部省「告示」となり法的拘束力を持つ国家的基準へ

「義務教育標準法」 全国で同一水準の教育を保証する 「面の平等」という学級・地域などの集団的・空間的集合を単位に採用した日本の独自性

農村漁村部と都市部の教育環境は高度成長期に均質化 地域社会存立のため学力向上がクローズアップされる →学力を基盤とする社会への移行(p98)

二 「出口」の展開―中学校の変化(p99)

60年代前半まで新規中卒者が、中学校と職業安定所の連携のもとで、労働力供給の大部分を占めていた

中学校と職業安定所が連携して「職業指導」や就職斡旋を実施 「間断のない」学校と職業システムの連絡の起点

「技術・家庭科」の新設 地域主義と広汎な内容から高度成長期の技術革新に対応した編成(p102)

三 高校の大衆化(p107)

1950年代 体系的な専門教育を行うべく高校の普通課程と職業課程のカリキュラム分離 60年代に突入すると高校進学人口が増加 普通化志向が高まる

ベビーブーム世代の就学行動が高校教育の器不足を引き起こす 高校全入運動へ 教育人口の波は教育機会均等の理念を問うインパクトとなった(p109)

高校に進学する「非エリート層」と旧制中等学校文化の消失 高校の大衆化に対応する高等中等教育の多様化の提唱(p112)

四 学校間接続問題の諸相―中学校と高校の接続(p113)

高校進学率の上昇と厳しい入試選抜 「テスト主義」の弊害が指摘されていた →入試競争緩和措置と学校間格差是正が目指される

1977年東京都入試改革 学校群制を導入 社会的威信を得てきた有名公立高校は弱体化 →新中間層は中高一貫制の私立高校へ(p114)

指導要録「評定」欄に五段階の相対評価を導入

入学者選抜に「内申書」を位置づける 「学科試験一辺倒」弊害への対応

五 産業化社会への対応の諸相(p118)

1958年学習指導要領改訂は戦後の枠組みの大転換 経験学習を主とした教育は地域や学校毎に格差を生み出し、学力低下が問題となった →産業化社会への対応と全国同水準の学力保障のための国家基準の「系統学習」

教科ではないかたちで「特設道徳」が導入

現代科学の成果が学校の教育内容に反映 1968~1970年指導要領に示される「科学技術の高度の発達」←子どもの問題関心と経験との兼ね合いが懸念される(p120)

「調和と統一」が掲げられ、都市部への人口流入とそれに伴う人間関係の歪み、学校の「競争の教育」への対応として国家的観点から道徳教育・特別活動が位置づけられる

第四章 学校の基板の動揺

「戦後日本型循環モデル」の機能不全(p133)

80年代までもっぱら企業への人材供給ルートとして機能してきた学校 仕事―家庭―教育へと循環する仕組みが確立していた

90年代以降の低成長時代 非正規雇用の拡大 家庭の再生産の滞り 家庭間の収入格差 循環モデルからこぼれ落ちる層が増加する

画一的な競争システムの見直しと教育の自由化が1984年設立の臨教審で打ち出される(p135)

高度成長までの「教育の国家統制」と「教師による教育の自由」の対置が、「教育を与える側(国家、学校、教師)」と「教育を受ける側(親、子ども)」のサービス需給関係に構図が移行した ←家庭からの教育欲求

新自由主義的教育改革の展開(p136)

1990年代後半 通学区域の弾力的運用と中高一貫の中等学校の法制化

2000年代 「教育を変える17の提案」 21世紀「知識社会」に対応 「計画の作成段階および実施後に厳格な評価」

教育サービス提供主体の多様化と市場原理に基づく制度改革が謳われる

教育を受ける側の選択機会拡大(学校選択の拡大、中高一貫教育の拡大、習熟度別学習の促進、大学入学年齢制限の撤廃など)の提言

新保守主義的な改革(「しつけ」、「伝統文化」、「家庭教育」)と相補的

問題児へのゼロ・トレランス 家庭・保護者の教育責任の強調 奉仕活動の義務化や道徳の教科化

1999年「国旗および国歌に関する法律」 国旗掲揚・国歌斉唱指導の徹底

教育基本法の改正(p138)

2006年11月の改正 1947年の教育基本法改正は戦後教育の転換を象徴的に示すものだった

新教育基本法 戦後教育の国家・個人の関係見直し、教育政策における国家の役割を示す

背景に、行政指導などの事前規制を原則とした国家の教育政策から、規制緩和と目標・評価システムによる統制を特徴とする教育政策への転換

学習指導要領で目標を明確化 →全国学力・学習状況調査などで評価(目標システムを軸とした枠組み)

ゆとり教育の転換と新しい能力(p143)

1990年代末以降 ゆとり教育への懸念増大 PISAショックでピークに

PISAの測る能力 「知識基盤社会」に対応

DeSeCoプロジェクトの3つのキー・コンピテンシー 1個々の知識や技術を活用する能力 2他者と協同で問題を解決する能力 3将来への展望を持ちながら計画・実行し、権利やニーズを主張する能力

PISAは1の能力を測り出すが、2と3の能力との連携も前提とするため、知識の活用のみならず社会との関わりに重点が置かれている

PISAショックの受け止め(p145)

文科省は2008年学習指導要領で総授業数の増加、「総合的な時間」の削減とともに、PISAの理念を反映した課題解決を指向する「活用力」も盛り込む

「ゆとり教育」は対人間関係的な能力や態度を育む側面を明確にしていた →2008年以降もこの点については連続性を有する(p146)。

PISAの測定する能力が一般的には従来型「学力」と同一視され、順位の降下が学力向上を煽る促進力となってしまった

大学入試の捉え直し(p149)

日本の教育システムは入試によって選抜機能を果たしていたが、1990年代から機能不全 →入学後の大学教育が高校からの学力調整を担わざる得ない

知識蓄積のみならず活用能力を問う新しい入試システム 2019年実施予定の「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」など

推薦・AO入試が一部で学力不問の選抜に成り果てている問題に対して、「高等学校基礎学力テスト(仮称)」で学力の保障を図る

学校への囲い込みの困難(p155)

学校文化に子どもをつなぎ止めておくことがもはや困難 日本型の循環サイクルが機能不全を来たし、学校―企業のルートが不安定化する中で情報・消費化社会とのせめぎ合いが余儀なくされている →政策文章にみられる「自分探し」「個性化論」も子どもの生活変化への対応という側面を持つ

登校規範の揺らぎー「不登校」(p158)

1980年代半ばから長期欠席者は増加傾向 「登校拒否」から「不登校」へと言葉の選好が変遷する背景には登校規範の揺らぎがみられる

学校教育法に定められた「一条校」に代わるオルタナティブ・スクールが1990年代以降大幅に増加(p160)

バブル崩壊とリーマンショックの打撃でワーキングプアが増加し貧困問題がクローズアップされる 長期欠席児童生徒野中には貧困や生活困難によって学校への通学を断念する「脱落型不登校」が学年進行とともに増加する傾向の指摘(p165)

学校知識を巡る新展開(p172)

21世紀に入り強化をもとにした学習が子どもの行動力を養成できていないという非難言説から「学びの総合化」に価値が置かれるようになる

98/99年学習指導要領の「総合的な学習の時間」とシティズンシップ教育への接続 ←「総合的な学習の時間」は家庭の文化下位層があらわれやすいため、階層差拡大の懸念 個人の内面に学校が直々に取り組む事への違和感(p173)

キャリア教育への注目(p175)

学校と企業社会への接続関係が不安定化 教育・職業システムの接続調整の必要

1999年中教審答申「初等中等教育と高等教育の接続の改善について」 「キャリア教育」を接続のあり方に位置づけた先駆け

大学の生き残り戦略として入試・広報部門同様、出口(就職)部門が重視され伝統的な大学における人間形成が問い直されている(p176)

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