作成者: hirohiro19

翻訳:Vox.comなぜロッテン・トマトのスコアはそれほど重要ではないのか

 

(以下翻訳)

今日のハリウッドにおいて、ロッテン・トマト(以下R・T)のトマトメーターは高いステータスを維持している。

A certified fresh(鮮度保証)バッジは、映画を売り出すマーケティングツールとしても利用される。そのためか、映画制作者たちは自らが手がける映画が、R・T上で好ましい評価を受けているかに敏感である。

しかしトマトメーターが示す数字は、映画の“質”を表さない。その数字はネット上の総意なのだ。

今夏に入ってから、映画関連会社の幹部がR・Tを批判し始めた。R・Tの批評システムのせいで、映画のヒットを台無しにされたからである。『ベイウォッチ』、『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』、『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』などの興行は期待はずれに終わった。

ハリウッドはスケープゴートを必要とした。Fandango(オンラインチケット販売サイトの大手)は販売ページにトマトメーターも載せていために、映画関連会社にとってR・Tは、憤りの対象となってしまった。

だがどのように機能しているかを理解すれば、R・Tのトマトメーターが映画のクオリティではなく、批評の総意を提示するのに適したサービスであると結論できる。つまるところ、トマトメーターの集計方法に秘密があるのだ。

(さらに…)

広告

翻訳:Vox.com科学捜査を変えた「死のドールハウス」

現在Netflixではデイヴィッド・フィンチャー監督の『マインド・ハンター』が視聴できる。原作本はFBI捜査官ジョン・ダグラスを取材したものらしく、元々翻訳されていたものが、最近ハヤカワ・ノンフィクションで新たに出版された

フィンチャー映画は嫌いではないので、『ハウス・オブ・カーズ』もすでに全シーズン視聴済みと、我ながらかなりの入れ込み具合であるが、今回の記事とはあまり関係はない。

 

話を『マインド・ハンター』に戻そう。1977年、犯罪心理学や犯罪プロファイリングのまさに草創期であったこの時代に、連邦捜査局を舞台に、ある一人の捜査官の活動から犯罪分析に一領域を築くまでの道程を描く本作は、刑務所入りになった犯罪者との面談を通じて、試行錯誤を続けていくうちに、捜査官のうちに生じるある葛藤が、このドラマのテーマである。手法も確立されていない時代なので、同僚との軋轢は茶飯事であるが、(のちの)彼女や教授などのメンターの助言で、学問発展につながることもあり、まさに一進一退で、見方によっては視聴者に「退屈」と唾棄されても仕方ない作りかもしれない。わたしはフィンチャー流の映像美があればおなかいっぱいなので、視聴体験は幸福に満たされていた。

 

さて、今回のフランシス・グレスナー・リーは、同じ捜査官でも変わった業績を残している。彼女の作り出したドールハウスには、首つり、自殺、殺人などの風景が描かれている。このドールハウスが、じつは調査活動に携わる科学捜査官の訓練に使われているというのだ。フランシス・グレスナー・リーの『Nutshell Studies of Unexplained Death』はスミソニアンアメリカン芸術博物館で展示されている。この複雑かつ不気味なジオラマは、科学捜査と芸術という二つの領域をまたがる、類い希な作品となっている。 (さらに…)

読書:宮本太郎『福祉政治―日本の生活保障とデモクラシー』


エスピン=アンデルセンの『福祉資本主義の三つの世界』に提示された思索を、日本の戦後史に当てはめ、本国の福祉政治の特性を検討する試み。福祉経済学の分野では、もはや古典の扱いになっているようで、今後の研究にとって、参照を避けられない文献でもある。

 

本書を読む前に、アンデルセンの福祉レジーム論を確認しておいた方がよいだろう。1970~80年代の低成長期、それ以前の福祉国家像の崩壊が議論された時期に提示されたこの福祉レジーム論は、大きな注目を集めた。概括するにあたり、ここでは脱商品化と階層性という二つのキーワードを押えておきたい。

まず、労働者の商品化という影響からの脱却を意味する「脱商品化」は、市民が収入や福祉受給権を失うことなく、自由に労働市場を離脱することが出来る度合いである。この概念の肝要は、福祉制度が市場の要因からどの程度切り離されているかを示していることである。

(さらに…)

読書:バルガス=リョサ『楽園への道』

この本を読んだきっかけから話したい。

数年前に池澤夏樹が監修した世界文学全集が出版され、それらに挑戦してみようと、最初に手に取ったのが本書であった。リョサがノーベル文学賞を取っていたのも知っていて、南米文学への関心も僅かながら存在したので、この本から新しい文学全集を切り崩そうと考えたのだ。

出発当初はコンプリートを志していたこの旅も、十分な持久力や、物語の背景を理解する素養も持ち合わせていない自分には、途中から嫌気のさす長距離マラソンと化し、道草を繰り返しながら、かと言ってリタイヤ宣言はせず、ここまでやってきた。

終わりの見えないこの旅の第一歩となった『楽園への道』は、私にとってあの頃のみなぎる奮起(のちに後悔に変質するが)を思い出させてくれる一冊なのだ。そしてこの本を読むことができたのは、今にして思うが、幸運であったのかもしれない。

物語は、二人の主要人物(画家のポール・ゴーギャンと革命家トリスタン・フローラ)のストーリーを交互に展開しながら進んでいく。村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』も二つの物語軸を交差させた構成をとっていたが、どちらの物語も、大きな意味合いで「ミステリー」という点で似ている。 (さらに…)

読書:エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』

エーリッヒ・フロムは1900年フランクフルトのユダヤ教徒の家庭で出生し、1980年にアメリカで亡くなった。フランクフルト学派の大半がキリスト教になじんだ同化ユダヤ人で構成されているなかで、フロムは生涯、敬虔なユダヤ教徒として通した。

彼の業績として、フランクフルト学派におけるマルクスとフロイトの思想統合をあげておかなければならないだろう。

自伝的な著書『疑惑と行動』では、マルクスとフロイトの統合について平明に語っている。それによれば彼がフロイトに惹かれたのはある経験が切っ掛けとなっている。彼の家族が親しくしていた画家が、自身の父親の葬式に際して、一緒に埋葬してほしいと言い残し、自殺してしまう。この画家が取った行動が長年彼の意識にこびりついていたが、フロイトの著作に触れることで、画家の行動を理解する鍵を見いだしたのだという。以後自ら精神分析を受診・臨床を行うにいたる。マルクスに関しても、青年時代の感慨から傾倒の契機を回顧している。彼の若かりし第1次世界大戦前後の時代、ナショナリズムに沸き立つドイツにあって、誰も彼もヒステリックな情動に突き動かされている状態にあった。こうした大衆の気性にある種の不合理を感じ、こうした社会現象を読み解くツールとしてマルクスを認めていたのだった。

この2つの思想を統合することにどのような意義があるのか。

マルクスは経済的な状況が人間の意識や文化を規定すると主張していた。ただ具体的な「規定」の実態はマルクス自信は明らかにしていない。こうしたマルクス理論の欠陥を補うに際し、フロムは精神分析がもたらす人間理解は大きな寄与をすると考えたのである。他方フロイトならびに精神分析には資本主義を前提とする嫌いがあり、社会の変容可能性を視野から外していると批判、マルクス理論との接続によって精神分析理論のさらなる発展が期待できると考えていた。

本書のキーワードである「権威主義的性格」も、フロムのこうした方向性から生まれた解明である。マルクス主義に染まった学派の思潮にフロイトの思想を注入したという点で、学派初期のフロムの役割は大きなものがあった。

1920年代後半すでにドイツで研究者として活動し始めていたが、ナチス政権下のドイツから逃れて、パリ経由でアメリカに亡命。『Escape from Freedom』は1941年ニューヨークで初版を発行された時点では、フロムはフランクフルト学派と決別していた。。日本では1951年に翻訳された。

戦後民主主義を主導した丸山眞男が発表した『超国家主義の論理と心理』では、日本の軍部に見られる抑圧移譲の性質を看破していたが、本書『自由からの逃走』の分析が妥当だとすれば、ナチスにも同様のことが言えるのかもしれない。

本書はファシズムが起こった経済的社会的条件のほかに、人々の心理的要素を理解する必要があり、「心理的要因と社会的要因との交互作用」を基礎として議論を進める。

(以下読書メモ)

(さらに…)

読書:木村元『学校の戦後史』

産業社会からの要請を受けながら、時代の教育像を更新していく公教育の年代記。カリキュラムの改訂が裏のテーマであり、ゆとり教育の発生も因果関係をなぞりながら確認することができる。そして公教育の相対化(登校規範のゆらぎなど)や2010年度の新試験に言及しつつ、今後の課題を視野に入れている。

(以下読書メモ)

(さらに…)

翻訳:ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』ガーディアン書評

世界史の勉強はしてきたつもりだったが、視点や書き方によってこうも面白くなるのかと感服したしだいである。本書の一番の魅力は、読者に思考を促すことにある。著者は無知な人間を想定していないらしく、いちいち講義などしない。こうした接近の仕方に反応するように、世界の発展をどのように捉えているのかを知りたい気持ちにさせてくれる。私感として、読者を信頼することで生まれた知的雰囲気を帯びていると言える。

少し気がかりなのは、著者の大雑把な断定や文化、貨幣などなどの漠然とした理解をベースに構成されている点で、確かに歴史初学者にとっては良いかもしれないが、一般読者は過信は禁物である。

初期の人類を扱う章、特にホモサピエンスと他の種との交流部分は読者の心をわしづかみにすることだろう。まずはそこを読んでから読書を続けるか判断すると良いかも。本全体の批判者でも、この部分だけは褒めていることが多い。

Sapiens: A Brief History of Humankind by Yuval Noah Harari – review

https://www.theguardian.com/books/2014/sep/11/sapiens-brief-history-humankind-yuval-noah-harari-review

(さらに…)