読書

読書:サスキア・サッセン『グローバル・シティ――ニューヨーク・ロンドン・東京』

サスキア・サッセンは国際化社会における都市研究の第一人者である。

労働と資本の国際移動――世界都市と移民労働者)』が60、70年代から80年代までのグローバル資本による統合の記述に重点が置かれていたとすれば、『グローバル・シティ――ニューヨーク・ロンドン・東京から世界を読む』は、彼女の前作を理論的に発展しつつ、80年代以後の分散と集約化のダイナミズムを描き出す。表題のように、グローバル化過程で金融関連サービスの集中するグローバル・シティの出現をテーマにしている。一連の彼女の著作は、他の研究者が現代都市の役割とネットワークを分析する際の概念と方法論を確立した。

ちなみにグローバル・シティ理論の要点は、2005年の記事『グローバル・シティ――概念の説明』で示されているので、サッセンに馴染みのない方は一度読んでみると理解が深まるかもしれない。彼女のテーマに対するアプローチを理解するのに手頃な文献となるであろう。

現代のグローバル・シティについて、彼女はいくつかの重要な仮設を示している。

  1. グローバル化に付随する、経済的な活動の地理的分散は、中心都市で行われる分業機能の成長と重要性を加速させる主要因である
  2. こうした中心部での機能は、より複雑化している。その結果、ますます多くの巨大なグローバル企業が、この機能のアウトソースを進めている
  3. 複雑かつグローバル化したマーケットで活動する専門サービス業は、凝集化した経済の影響を受けやすい
  4. グローバル企業本社が、複雑で規格化されていない――とくに不明瞭で移ろいやすい市場を取り扱うような――機能をアウトソースすることで、企業は地理的制約からより自由になる
  5. 専門サービス業は、国際的な連携のネットワークに支えられたサービスを提供する必要がある。こうしたサービスが越境的な都市間の取引やネットワークを強化する
  6. これらの都市が保有する経済的な富は、広大な非都市領域や、国家経済からも切り離されていく
  7. この力学の結果として、システムのトップに座する高利益企業と競合できるほどの利益率は高くない経済活動領域の、過激なインフォーマル化(日本の文脈では非正規と読み替えることもできる)がある

グローバル・シティの構造要因に従い、以下の3つの傾向が生じる。

  1. このシステムの最高位に位置する企業活動に従事するオーナー、パートナー、専門家のもとに富が集中する
  2. 都市と地方との増大する断絶
  3. 高度活動が支配する市場で、疎外化され、生計を立てるのに精一杯な労働者が量産される

現代のグローバル・シティは、地域全体に富をもたらす経済機構ではない。国際的な余剰を、数あるグローバルシティに分散するエリートの手に送り込むのである。

余談だが2月に文庫化するらしい。お手頃価格で手元に置いておけるのはありがたい。

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読書:宮本太郎『福祉政治―日本の生活保障とデモクラシー』


エスピン=アンデルセンの『福祉資本主義の三つの世界』に提示された思索を、日本の戦後史に当てはめ、本国の福祉政治の特性を検討する試み。福祉経済学の分野では、もはや古典の扱いになっているようで、今後の研究にとって、参照を避けられない文献でもある。

 

本書を読む前に、アンデルセンの福祉レジーム論を確認しておいた方がよいだろう。1970~80年代の低成長期、それ以前の福祉国家像の崩壊が議論された時期に提示されたこの福祉レジーム論は、大きな注目を集めた。概括するにあたり、ここでは脱商品化と階層性という二つのキーワードを押えておきたい。

まず、労働者の商品化という影響からの脱却を意味する「脱商品化」は、市民が収入や福祉受給権を失うことなく、自由に労働市場を離脱することが出来る度合いである。この概念の肝要は、福祉制度が市場の要因からどの程度切り離されているかを示していることである。

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読書:バルガス=リョサ『楽園への道』

この本を読んだきっかけから話したい。

数年前に池澤夏樹が監修した世界文学全集が出版され、それらに挑戦してみようと、最初に手に取ったのが本書であった。リョサがノーベル文学賞を取っていたのも知っていて、南米文学への関心も僅かながら存在したので、この本から新しい文学全集を切り崩そうと考えたのだ。

出発当初はコンプリートを志していたこの旅も、十分な持久力や、物語の背景を理解する素養も持ち合わせていない自分には、途中から嫌気のさす長距離マラソンと化し、道草を繰り返しながら、かと言ってリタイヤ宣言はせず、ここまでやってきた。

終わりの見えないこの旅の第一歩となった『楽園への道』は、私にとってあの頃のみなぎる奮起(のちに後悔に変質するが)を思い出させてくれる一冊なのだ。そしてこの本を読むことができたのは、今にして思うが、幸運であったのかもしれない。

物語は、二人の主要人物(画家のポール・ゴーギャンと革命家トリスタン・フローラ)のストーリーを交互に展開しながら進んでいく。村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』も二つの物語軸を交差させた構成をとっていたが、どちらの物語も、大きな意味合いで「ミステリー」という点で似ている。 (さらに…)

読書:エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』

エーリッヒ・フロムは1900年フランクフルトのユダヤ教徒の家庭で出生し、1980年にアメリカで亡くなった。フランクフルト学派の大半がキリスト教になじんだ同化ユダヤ人で構成されているなかで、フロムは生涯、敬虔なユダヤ教徒として通した。

彼の業績として、フランクフルト学派におけるマルクスとフロイトの思想統合をあげておかなければならないだろう。

自伝的な著書『疑惑と行動』では、マルクスとフロイトの統合について平明に語っている。それによれば彼がフロイトに惹かれたのはある経験が切っ掛けとなっている。彼の家族が親しくしていた画家が、自身の父親の葬式に際して、一緒に埋葬してほしいと言い残し、自殺してしまう。この画家が取った行動が長年彼の意識にこびりついていたが、フロイトの著作に触れることで、画家の行動を理解する鍵を見いだしたのだという。以後自ら精神分析を受診・臨床を行うにいたる。マルクスに関しても、青年時代の感慨から傾倒の契機を回顧している。彼の若かりし第1次世界大戦前後の時代、ナショナリズムに沸き立つドイツにあって、誰も彼もヒステリックな情動に突き動かされている状態にあった。こうした大衆の気性にある種の不合理を感じ、こうした社会現象を読み解くツールとしてマルクスを認めていたのだった。

この2つの思想を統合することにどのような意義があるのか。

マルクスは経済的な状況が人間の意識や文化を規定すると主張していた。ただ具体的な「規定」の実態はマルクス自信は明らかにしていない。こうしたマルクス理論の欠陥を補うに際し、フロムは精神分析がもたらす人間理解は大きな寄与をすると考えたのである。他方フロイトならびに精神分析には資本主義を前提とする嫌いがあり、社会の変容可能性を視野から外していると批判、マルクス理論との接続によって精神分析理論のさらなる発展が期待できると考えていた。

本書のキーワードである「権威主義的性格」も、フロムのこうした方向性から生まれた解明である。マルクス主義に染まった学派の思潮にフロイトの思想を注入したという点で、学派初期のフロムの役割は大きなものがあった。

1920年代後半すでにドイツで研究者として活動し始めていたが、ナチス政権下のドイツから逃れて、パリ経由でアメリカに亡命。『Escape from Freedom』は1941年ニューヨークで初版を発行された時点では、フロムはフランクフルト学派と決別していた。。日本では1951年に翻訳された。

戦後民主主義を主導した丸山眞男が発表した『超国家主義の論理と心理』では、日本の軍部に見られる抑圧移譲の性質を看破していたが、本書『自由からの逃走』の分析が妥当だとすれば、ナチスにも同様のことが言えるのかもしれない。

本書はファシズムが起こった経済的社会的条件のほかに、人々の心理的要素を理解する必要があり、「心理的要因と社会的要因との交互作用」を基礎として議論を進める。

(以下読書メモ)

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読書:木村元『学校の戦後史』

産業社会からの要請を受けながら、時代の教育像を更新していく公教育の年代記。カリキュラムの改訂が裏のテーマであり、ゆとり教育の発生も因果関係をなぞりながら確認することができる。そして公教育の相対化(登校規範のゆらぎなど)や2010年度の新試験に言及しつつ、今後の課題を視野に入れている。

(以下読書メモ)

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読書:スタニスワフ・レム『ソラリス』

ポーランド人のレムによる、異星人との接触を扱ったSF小説。この異星人は、赤い月と青い月が交互に照らす惑星ソラリスを覆う海の姿をしている。人類はこの異星人を発見して以来、長い年月をかけて接触を試みてきたのだった。しかしソラリスに反応はない。異星人との交流を求めて遥か宇宙にまで飛び出した人類だったが、宇宙は人類の想像を越える不可解さに満ちていた。
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読書:A・クレピネヴィッチ、B・ワッツ 『帝国の参謀―アンドリュー・マーシャルと米国の軍事戦略』

キューブリックの名作『博士の異常な愛情』の舞台であるBRAND Corporationは、ランド研究所をモデルにしていると言われる

加藤陽子さんの『戦争まで』で言及されていた本作。戦略家として著名なマーシャルの人物伝の体裁をした、アメリカ国防面から見直す戦後史、といったところか。序文でも、国家安全保障と国防戦略に対する発想・構想の発展がテーマとして宣言されている(p4-5)。戦闘機や米国国防組織に詳しくないと、少し退屈かもしれない。

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